「……だが、ほどほどにな」
包帯だらけのアリアの指をサディアスはそっと覆って撫でたどった。
「は、はい」
膝の上に置いていた両手に大きな手のひらを重ねられ、とたんに心拍数が上がる。
(サディアス様の手……温かい)
彼の手の温もりが心のなかにまでじわりじわりと伝い広がるようだった。
こうしてふたりきりでいると落ち着くけれど、体の距離が近かったり手を触れ合わせたりしていると、胸が高鳴って仕方がなくなる。どうにもいたたまれなくなることがある。『落ち着く』のとは真逆の反応だ。
なぜそうなってしまうのかアリアはわからなかった。
「ところで、ロイド公爵の具合はどうだ?」
アリアの両手がピクッと動く。
ここ半年、ロイド公爵――父親は体調を崩していたが、アリアは見舞いに行くことができなかった。別棟には決して近づかないようにと継母のシンディに言われている。
「あまり……よくないようです。国じゅうの名だたるお医者様に診ていただいているのですが――……」
父親の病状はメイドたちを通して聞くしかなかった。人づてに聞く限り、病状は悪化するいっぽうで、快方へ向かっているようすはないとのことだった。
サディアスはアリアの手に触れたまま神妙な面持ちで「そうか」と言った。
「メディエッサという国を知っているか?」
唐突に思えたが、父親と関係のある話題なのだろう。
アリアが「いいえ」と答えると、サディアスが話しはじめる。
「そのメディエッサという国は薬草が豊富で、薬学――ひいては医学に長けた者が多くいるらしい。メディエッサとクーデルライトは長らく不仲なんだが、どうにかしてかの国と交易や人材支援を図ることができないだろうかといま良案を模索しているところだ」
「……っ、ありがとうございます。サディアス様」
アリアの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
(お父様に励ましの手紙を書くだけの私とは大違いだわ)
なにもできない自分を不甲斐なく思うのと同時に、父親のために手を尽くしてくれているサディアスになにか礼ができないものかと考える。
刺繍は、まだまだだ。人に贈るほどの技量には至っていない。
「あの、サディアス様。なにか、私にできることはないでしょうか。サディアス様ばかり頑張っていらっしゃって、私はなにもしていません」
「なにか、と言われてもな……」
サディアスは腕を組んで「うーん」と考え込む。
「――そうだ」
なにか思いついたような顔になってサディアスはこちらを向く。
「俺が必ず成果を上げるという約束、というか……誓いのため、先にきみから礼をもらっておこう」