氷の王子は花の微笑みに弱い 《 第一章 05

 いまにも雨が降り出しそうなどんよりとした暗雲が広がるある日、アリアは公爵本邸の応接室にいた。

(お話って……なにかしら)

 継母のシンディに「話があるからすぐに会いたい」と言われて応接室で彼女を待ちはじめて三十分ほどが経った。
 シンディが自分に会いたがっていることはメイドを通して聞いた。つい一時間ほど前のことだ。

(私と会う約束を忘れてしまった……わけではないだろうし)

 だとすればなにかトラブルがあって、別棟からの到着が遅れているのかもしれない。
 アリアはソファから立ち上がり、応接室の窓から外を眺めた。
 天を覆う黒い雲を見つめていると、継母の話とやらがなにかよからぬことではないだろうかと不安に駆られた。
 応接室の扉が、なんの前触れもなく開いた。
 澄ました顔のシンディが部屋のなかに入ってくる。

「シンディ様。お待ちしておりました」

 アリアが笑顔で言うと、

「まぁ。私が遅れたことに対する嫌味かしら?」

 と返されたので、あわてて「いいえ、そういう意味ではございません」と否定した。
 シンディが父親の後妻になって二年が経つが、住まいが離れているせいで彼女と顔を合わせる機会はそう多くない。ゆえに、アリアは彼女の人となりがいまだにつかめないでいる。
 彼女とはじめて会ったとき、開口一番に『お母様とは絶対に呼ばないで』と言われた。だから、アリアは他人行儀に『シンディ様』と呼んでいる。
 彼女は『ロイド公爵の夫』であっても『アリアとパトリックの義母』だとは認めていないものと思われる。
 真っ赤なドレスの裾をなびかせながら、ツンと顎を上げてシンディはソファに腰掛けた。アリアは微笑みを浮かべて彼女のななめ向かいに座る。
 給仕のメイドが紅茶を淹れる。ローテーブルの上にはあらかじめケーキスタンドが設けられていた。美味しそうなケーキがずらりと並んでいるが、手をつける気にはならなかった。
 シンディは無表情でティーカップを手に取り、紅茶を啜った。

「なぁに、このお茶。ひどい味だわ。本邸のメイドは紅茶を淹れるのが下手ね」

 壁際に控えていたメイドは慌てたようすで頭を下げ、「すぐに淹れ直します」と言った。

「けっこうよ。つい本当のことを言ってしまったけれど、逆恨みで毒でも盛られたら大変だもの」

 年若いメイドは涙目になってうつむく。
 アリアは両手にギュッと握りこぶしを作った。
 いくらなんでもひどい言われようだ。しかし、シンディの気分を損ねずにメイドを擁護する言葉が見つからなかった。

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