「明日からメディエッサに、ですか?」
朝食の席でアリアは兄のパトリックに尋ね返した。
「ああ、そうだ。明日から一週間ほど、サディアス殿下と一緒に行ってくる。おまえがメディエッサ国のことを知っていたとは驚きだ。殿下から聞いたのか?」
「はい。薬草が豊富で、そのぶん有識者も多いのだとお聞きしました」
長机の向こうにいるパトリックはおもむろにうなずいた。
「今回の国家間交渉は父のことを顧みてくださっているのはもちろんだが、殿下はこれを機にメディエッサとの交易を大々的に開始して、貴族平民を問わず難病を患っている者たちの助けになればと考えていらっしゃる」
「そうなのですか……! ご成功を心よりお祈りしております」
パトリックはふたたび大きくうなずいて席を立ち、足早に食堂を出て行った。長旅の前にできるだけ多くの執務をこなしておきたいのだろう。
食事を終えたアリアは南の窓を見やった。
サディアスにメディエッサのことを聞いてから、自分なりに調べた。大陸の南端に位置する小国で、険しい山々が国境となっており、それゆえ閉鎖的である。
クーデルライトからは直線距離ならばそれほど遠くないが、山越えをするため往復に一週間が必要なのだと思われる。
アリアは教会へ赴き、神の御前で手を組み合わせて跪き、交渉の成功と旅の無事を一心に祈るのだった。
サディアスとパトリックが出立≪しゅったつ≫した四日後は大雨に見舞われた。
悪天候のなか、アリアは公爵邸内をひとりで歩いていた。継母のシンディに、新築された別棟へ呼び出されたからだ。
(いったいどういう風の吹きまわしかしら……)
別棟には絶対に近づかないようにと、事あるごとに言われていたのに妙だと思った。
(ああ、もしかして……この雨のなかを歩きたくないからかも)
ドレスの裾が濡れて重くなっている。横殴りの雨に加えて雨足も強いので、地面から跳ね返った雨粒がよけいにドレスの裾を濡らすのだ。
こんな雨のなか、本邸のメイドを連れ出すのは気が引けたのでひとりで別棟に向かっている。別棟へ行けばそちらのメイドがいるから、給仕には困らない。
(本邸のメイドを連れて行って、またシンディ様に文句を言われたのでは可哀そうだもの)
シンディが悪言を吐くのは父の連れ子であるアリアとパトリック(わたしたち)≪わたしたち≫が気に入らないからだ。本邸のメイドたちにはなんの非もない。
本邸から別棟までは歩いて数分だ。別棟の玄関が見えてくる。車寄せには馬車が停まっていた。玄関ポーチにはシンディが立っていたので、アリアは目を丸くした。まさか出迎えられるとは思っていなかった。