「そのようなお話は一度も聞いたことがありません。なにかの間違いではありませんか」
アリアは毅然として言ったが、ルークは少しも怯まない。まるで、アリアのその発言を予期していたようだった。
「レディ・ロイドのお耳には届いていなかったようですが、そうなのです。さあ、お部屋にご案内いたします」
ルークは素知らぬ顔で階段を上りはじめる。
「お待ちください。このことを、私の父は知っているのですか?」
「存じ上げません。ともかく、お部屋へ」
「……っ」
アリアは奥歯を噛み締め、階段を上る。
「ところで、シンディ様はお元気にしていらっしゃいますか?」
隣を歩くルークがうかがわしげに訊いてきた。
「ええ……それはもう」
人を陥れて王太子殿下の愛妾を狙うほど元気が有り余っている、とまでは言わなかった。
「そうですか。よかった」
ルークは白い歯をのぞかせてほがらかに笑った。彼が、シンディの息のかかった者だということが明白なる。
広い居室にはあらかじめ複数のメイドがいた。
「こちらで少々お待ちください。父を呼んで参ります。執務が立て込んでいるので、時間がかかるかもしれません」
そう言ってルークは部屋を出て行った。
アリアは笑顔を張りつけてソファに腰掛け、紅茶を淹れてくれたメイドに話しかける。
「ねえ、レヴィン伯爵様は本当に私を――ロイド公爵の娘を後妻に望まれているのかしら。私、この話をいまさっきはじめて知ったの」
「まあ、そうなのですか」
驚いたようすでメイドは目を見開き、アリアの側で話しはじめる。
「じつは私たちも、つい先日まで存じ上げておりませんでした。ただ、このお話はルーク様が持っていらっしゃったのです。ルーク様は……その、ロイド公爵夫人様にゾッコンでして……」
やはり、ルークはシンディの愛人なのだ。彼らが共謀してこの結婚話を進めているのは間違いない。
(それにしても――)
シンディ≪継母≫には本当に驚かされてばかりだ。
社交界でそのような――シンディは男遊びが絶えないという――うわさは聞いていたが、まさか王太子殿下の愛妾の座を狙っているとは夢にも思わなかった。
シンディがサディアスを誘惑しているようすを頭のなかに描くと、腸が煮えくり返った。
(冗談じゃない……っ、絶対に帰る!)
アリアが憤然と立ち上がったので、まわりにいたメイドたちは驚いて「どうなさったのですか?」と口々に言った。
「あ、ええと……」
帰りたい気持ちはあるが、まずは伯爵ときちんと話をするべきだろう。