氷の王子は花の微笑みに弱い 《 第三章 10

 軽快なワルツに合わせてくるりくるりと回る。流れる景色のなかでサディアスだけはずっとそこにいて、力強く腰を抱いてくれる。

(不思議……)

 うまく踊れるだろうかとあれほど悩んで尻込みしていたのに、どうしてかスムーズにステップを踏むことができている。
 氷の王子はダンスが下手でだれの手も取らないのではないかとまことしやかに囁かれていたが、その噂は、だれもが見惚れるようなふたりの優美なダンスにより払拭された。
 ワルツが終わりを告げると、サディアスは跪いてアリアの手を取り、甲にキスを落とした。

「――!」

 踊り終わったばかりで、にわかに荒くなっていた息が一瞬、止まる。

(サディアス様ったら、いったいどういうおつもりなの……!?)

 王太子殿下が床に跪くなど、あってよいことなのだろうか。
 いつもは涼しげに感じるサディアスの瞳が、いまはどうしてか蒼い炎を宿しているようにも見える。そんな情熱的な瞳で見上げられれば、彼のことしか考えられなくなる。
 拍手喝采を浴びながら、目を回すアリアの手を引いてサディアスはホールを出る。
 早足で歩き、なだれ込むようにしてふたりでゲストルームに入った。部屋に入るなりアリアは扉の前でサディアスに囲い込まれる。
 アリアは彼と目を合わせているのがなんとなく気恥ずかしくて、わずかに視線を外した。

「サディアス様のリードのおかげで楽しく踊ることができました。ありがとうございました」
「いや、上手いのはきみのほうだ。俺も……その、恥ずかしい話だが舞踏会で踊るのははじめてだったから緊張していた」

 サディアスはアリアが着ている白地のドレスの脇腹を撫で上げる。

「そのドレス、身に着けてきてくれてよかった……。感謝する」
「いっ、いいえ! あ、そうでした――ドレスのお礼をまだ申し上げておりませんでした」

 アリアは息を整えてから言う。

「ありがとうございます、サディアス様」

 するとサディアスは満ち足りた笑顔になった。

「ひとまず、周囲に知らしめることができた」

 アリアは首を傾げる。彼がなんのことを言っているのかわからない。

「きみに手を出すということは王族に歯向かうということ。そういう――牽制の意を込めて贈った。もちろん、アリアには絶対に似合うという確証もあったが」

 サディアスはほんのりと頬を赤くして「やはり、よく似合っている」と褒めてくれる。

「きみを守るには、へたに婚約発表をするよりもこのほうが効果的だと思った」

 コツン、と額がぶつかり合う。

「きみはもう王族の一員――……俺のものだと、皆が認識したことだろう」

 そうしてサディアスは挑発的に嗤う。
 蒼い情熱を宿した瞳がしだいに閉ざされていく。
 アリアもまた目を閉ざし、やがて訪れるくちづけに備えた。

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