氷の王子は花の微笑みに弱い 《 第四章 02

 ロイドの眉間に皺≪しわ≫が寄る。そのいっぽうで、シンディの顔は真っ青になった。ルークはというと、信じられないというような目でシンディを見ている。

「ルーク殿もシンディ様とご関係がおありでしょう? そうでなければ、僕の不在の隙をついてアリアを伯爵領に送り、手筈≪てはず≫よく迎え入れるというような愚行は成立しない」

 厳めしい形相でパトリックが言及すると、ルークはすぐに「おっしゃる通りです」と認めた。
 ロイドは諦めたように大きく長く息を吐いた。

「シンディ。いますぐ荷物をまとめ、邸を出なさい」
「……!」

 青い顔をしたシンディはうつむいたまま、一言も発することなく応接室を出て行った。

「……私の亡き妻に似ていたのは、面差しだけだったようだ」

 哀しげに、ぽつりと公爵は言った。それから、壁際に控えていた執事に目配せをする。執事はルークの前に立ち、書状を差し出す。

「ルーク殿、それをレヴィン伯爵に渡して欲しい。そもそも私は承諾した覚えなどないが、アリアとの婚約を破棄する書状だ」
「承知いたしました」

 意気消沈したようすで力なく書状を受け取り、ルークもまた部屋を出て行く。

「殿下、お見苦しいところをお見せいたしました」

 ロイドが謝ると、サディアスは「気にするな」と言わんばかりに静かに首を横に振った。おもむろに立ち上がり、手にしていた書状を公爵に手渡す。

「レディ・アリアに婚姻を申し入れる」

 ロイドは恭しく両手で書状を受け取り、「喜んでお受けいたします」とすぐに言葉を返した。
 無事に書状を渡したからか、サディアスはどこかホッとしたようすでふたたびソファに腰を下ろした。

「公爵に無断でアリアに王族のドレスを贈ったことを詫びる」
「いいえ、とんでもございません! アリアのためを思ってしてくださったことでしょう。殿下には感謝の念しかありませぬ。メディエッサから優秀な医者を呼び寄せていただいたおかげで、いまの私があるのです」

 その後、サディアスとロイド、パトリックの三人はすっかり話し込み、国政にまで話題が及んだのでアリアは席を外すことにした。
 ふたりの護衛がアリアのうしろについたが、

「ああ、けっこうよ。ここは自邸なのだし、湖のそばを少し散歩するだけだから。お父様たちの話が終わったら呼びに来てくれるかしら」

 そう言って護衛を断った。
 この小一時間で状況がめまぐるしく変化した。思考がまだついていっていない。現実味がない。ひとりでじっくりと考える時間が欲しかった。
 別邸の目の前にある湖のほとりをゆっくりと歩く。

前 へ    目 次    次 へ