青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 《 第二章 05

 アーバー子爵邸で夜会が催される日。
 カタリーナ、ルイス、テッドの三人はひとつの馬車で子爵邸へ向かった。
 となりに座るルイスも、向かいの席にいるテッドも窓の外ばかり眺めていてなにも話さない。

(ふたりとも、どうしたのかしら……?)

 今朝は彼らふたりでなにやら話し込んでいるようだった。もしかしたら今朝、ふたりは喧嘩してしまったのかもしれない。
 困り顔になっているカタリーナを見てルイスは微笑を浮かべて言う。

「カタリーナ、そのドレス……よく似合っているよ」
「えっ? あ、ありがとうございます」

 淡いピンク色を基調にしたこのドレスはルイスが仕立ててくれたものだ。
 テッドは窓の外を見るのをやめてカタリーナに視線を移す。

「たしかに似合ってるけど……最近の流行はもっと胸もとが開いているよね。谷間が少し見えるくらいには」
 カタリーナのドレスの胸もとは谷間の上まできっちり花とレースに覆われている。
 ルイスがわずかに眉をひそめる。

「流行りに乗ればいいというものではないだろう。カタリーナに似合うかどうかが重要だ」
「流行りのドレスだってカタリーナは着こなせると思うよ? 兄さんはただ、カタリーナに胸もとが開いた誘惑的なドレスを着てほしくないだけでしょ。まったく、過保護なんだから……」

 ルイスの眉間のしわが深くなる。

「――なんだと?」

 義兄の低い声を聞いて、ぞくっと悪寒が走る。テッドも同じことを感じているのか、いっきに表情が硬くなった。ルイスはめったなことでは怒らないが、それゆえに怒りを買うと恐ろしいのだ。
 八年前、実父のボードマン男爵が自分を引き取りたいとやってきたときはじめて、ルイスの憤ったさまを目にした。
 なかば脅迫的な物言いをして「カタリーナは返さない」と主張するルイスは人が変わってしまったようだった。優しい彼しか知らなかった十歳のカタリーナには衝撃的な豹変ぶりだった。
 もちろん、ルイスには実家に帰りたいかどうか確認された。ブレヴェッド侯爵家にあずけられて五年が経っていたから、ルイスやテッド、侯爵夫妻への情が生まれていた。カタリーナ自身も、侯爵家を離れたくなかった。

(でも、私のためにあんなに怒ってくれたのだと思うと――)

 いまでも胸が締めつけられる。
 だからもう、彼のあんな姿は目にしたくない。早々に話題を変えなければ。
 カタリーナは両手を胸の前でパンッと叩いて「そういえば!」と言った。
 険しい顔をしたルイスとテッドがいっせいにこちらを見る。

(どっ、どうしよう……なにも思いつかない)

 カタリーナは「あの、ええと」と言いよどみながら必死に話題を考える。

「ロナウドさまの新しい事業って、なんなのかしら……?」

 やっとの思いでそう言うと、

「それはこのあいだの茶会で彼から聞いたじゃない」

 テッドが「やれやれ」とため息をつく。
 ルイスはというと、あいかわらず不機嫌そうだったもののそれ以上はなにも言わず、ふたたび窓の外を眺めはじめた。怒ってはいないようだった。
 カタリーナはホッと胸を撫でおろしたあとで「そうだったわね」とつぶやいた。

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