氷の王子は花の微笑みに弱い 《 序章 02


(やはり聞かれていた……!)

 顔を青くしているアリアとは正反対に、サディアスの頬は瞬く間に赤くなった。

「いや、待て。せっかくだ、少し話をしよう」
「……よろしいのですか?」
「ああ。きみは優秀な我が友、パトリックの妹だ。身元はしっかりしているし、問題ない」
「ありがとうございます」

 城仕えをしているパトリックのことは同じ寄宿学校の同級生と比べて特に優秀だと思っていたが、それを周囲に漏らしたことはなかった。
 アリアは兄を褒められたのが嬉しかったのか、満面の笑みになった。それが心からのものだとわかる。

「ここに座るといい」

 ベンチに座るよう促し、自分が先に腰を下ろす。するとアリアは「はい」と返事をして、少し離れて隣に座った。
 なぜ彼女を引き留めてしまったのか、自分でもわからなかった。
 おかしな言葉遣いをしていたことの気恥ずかしさを紛らわすためか、あるいは猫以外で本音を言える話相手が欲しかったのかもしれない。
 安心感はあった。彼女はすでに約束してくれたからだ。「だれにも言わない」と。信頼できる言葉だと思った。彼女の兄、パトリックは口がかたい。
 サディアスはふとアリアを見た。深みのある赤い髪に緑色の木の葉がくっついている。サディアスは彼女の前髪に絡まっている木の葉をそっと拭い取った。

「きみは方向音痴なのか? いったいどうしたら、こんなところまで入り込めるんだ。あちこち葉っぱだらけじゃないか」

 そのことにいま気がついたらしいアリアは恥ずかしそうに頬を赤くして、ドレスの袖や裾についた葉をひとつひとつ指でつまんでかき集めた。

「お兄様から、お庭を通るほうが近道だと教えられたのです。庭を歩いていたら、小さな猫を見つけまして、それで……その子を追いかけていたらここへ出てしまいました」
「なんだ、こいつの仕業だったのか」

 サディアスは膝の上で丸くなっている猫の首をくすぐる。子猫は「にゃぁ」と小さく鳴いた。「そんなの知らない」と言っているようだった。

「本当に申し訳ございません……。その、おひとりきりの大切な時間を邪魔してしまって。……殿下は、お疲れなのですよね」
「……いや……その……」

 先ほどの独り言を思い出してまたまた恥ずかしくなった。だが彼女のことは責められない。悪気はなさそうだ。

「疲れた、というのは……本音を言う相手がいないからなんだ」

 ここがプライベート・ガーデンだからか、あるいは彼女に微笑みが絶えないからか、言葉が素直に出てくる。

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