氷の王子は花の微笑みに弱い 《 第一章 06

 シンディは「はぁ」と、わざとらしいまでの大きなため息をついてアリアを見据える。

「ねえ、アリア。あなたが王太子殿下と懇意にしているってうわさを小耳に挟んだのだけれど、本当?」

 ドクンッと不穏に胸が鳴る。握りこぶしのなかにまで汗をかいた。
 アリアは笑顔のまま首を傾げる。質問には答えない。答えられない。

「あなたはすぐ、そうやって……笑顔でごまかすんだから」

 眉をひそめてシンディは言う。

「あなたの存在はその名の通りアリア(空気)≪空気≫よ。いてもいなくても、なんの変化もない。でも、もしあなたが王太子殿下の『特別』だとしたら――」

 不自然に言葉を切り、それきり彼女は黙り込んでしまった。
 寒いわけではないのに、背筋が凍る。悪寒のようなものがひた走る。
 シンディは無言で立ち上がり、部屋を出て行った。
 アリアは息をつき、ティーカップの紅茶に手をつける。少し冷めていたが、茶葉の甘みがよく出ていた。

「……私は、とても美味しいと思う」

 メイドに向かって微笑みかけると、彼女は申し訳なさそうな笑顔になって「ありがとうございます」と言った。
 笑顔には様々な種類があるのだと、最近になって気がついた。
 心からのもの。
 感謝を示すもの。
 その場を円満に乗り切るためのもの。
 悲しさを紛らわすためのもの。
 そして、自身を奮い立たせるためのもの。
 亡き母は最期まで笑っていた。そんな彼女を強く、気高い女性だと思った。
 ――だから私も、いつだって笑顔を絶やさない。


 城で催される舞踏会に出席するのは、これでもう何度目だろう。
 ロイド公爵家は王族の遠縁に当たるため、城で舞踏会や茶会が開かれる際は必ずといっていいほど招待を受ける。公爵邸が城に隣接しているのも、ロイド公爵家が王族に連なる由緒正しき家柄だからこそだ。
 いまは父親が病に臥せっているので、アリアとパトリックが社交の場に顔を出している。
 正装したアリアは兄のパトリックとともにクーデルライト城のダンス・ホールへ入った。
 ホールはすでに多くの貴族たちがひしめき合っていた。

(サディアス様は、と……)

 ホールに入るとすぐに、アリアは彼の姿を探す。
 今宵もやはり彼は上座にいて、人であふれ返るホールを淡々と眺めている。
 部屋を訪ねてくるサディアスとは表情がまったく違うから、はじめての舞踏会でホールの上段にいる彼を見つけたとき、彼によく似た人形なのではないかとつい疑ってしまった。
 それほど、いまのサディアスは無表情で、だれになにを言われても眉ひとつ動かさない。

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