「本当、サディアス殿下は今夜も氷のごとく冷ややかね」
「バーサ! 来ていたのね」
アリアは声がしたほうを振り向く。
リトルフ侯爵令嬢、バーサは幼い頃からの気の置けない友人だ。舞踏会だけでなく茶会でもたびたび顔を合わせる。
バーサは扇で口もとを隠しながら小さな声でアリアに言う。
「でも、アリアの前では違うのでしょう?」
「う――……ん、もぅ……! バーサったら、からかわないで」
扇の向こう側で彼女が口もとをほころばせているのがわかる。
バーサにだけは、サディアスと逢瀬を重ねていることを話している。このところは会うたびに「なにか進展はないの?」と面白そうに訊いてくるので、少々困っている。
「やぁ、アリアにバーサ。きみたちは相変わらず仲がいいね」
やって来たのは顔なじみの公爵令息だ。
そのほかにも続々と貴族たちがやって来ては挨拶をする。
アリアとバーサのもとにはいつも、男女問わず貴族たちが集い談笑する。舞踏会だが、そうして話をして過ごすことのほうが多い。
(でもいつか……サディアス様と踊ってみたい)
チラリと段上を見やる。
サディアスと、目が合ったような気がした。
「舞踏会は憂鬱だ」
部屋に入ってくるなりサディアスがそんなことを言いだしたので、アリアは何度か瞬きをしたあとで「なぜですか?」と疑問を呈した。
「見えるところにきみがいるのに、話もできないから。昨夜の舞踏会も、息苦しかった……」
サディアスは大きく息をつきながらソファに腰を下ろした。
アリアとメイドは顔を見合わせる。
(今日のサディアス様はご機嫌ななめみたい)
アリアが困り顔になると、メイドは手早く紅茶を淹れて部屋をあとにした。
メイドが出て行くと、サディアスはソファの背もたれに体を預けて天井を仰いだ。あまり彼らしくない、だらけた振る舞いだ。
「私も、サディアス様とお話しできないのは……その、寂しいです」
そう言いながら彼の隣に座る。
「そうだな……。きみは、下心のありそうな貴族の男どもと楽しそうに話をしていたな」
ソファの背もたれに頭を載せたままのサディアスに仏頂面でジロリとにらまれ、アリアは苦笑いするしかない。
「きみの美徳は、男女問わずだれとでもすぐに打ち解けるところだ。だが、少し……妬ける」
彼の左手が伸びてきて、首筋に触れる。
「きみはいわば、俺の空気なんだ」
「――!」
アリアは継母の言葉を思い出してギクリと身をこわばらせた。
そうとは知らないサディアスは話し続ける。
「そばにいてもらわなければ――俺は窒息死する」
サディアスは身を起こし、両手でアリアの体を抱き寄せた。アリアの肩に顔をうずめてうなだれる。