氷の王子は花の微笑みに弱い 《 第一章 09

 とたんに、物憂げだったサディアスの表情が晴れやかなものに変わった。

「でも、全身――は、ちょっと……」

 釘を刺しても、サディアスは嬉しそうなままだった。

「では、どこまでならいい?」

 微笑みをたたえて、サディアスはアリアの耳や首、鎖骨を撫でたどり、彼の両手は下方へ向かう。

「……ここは?」

 ドレスの胸もと、ふくらんでいる部分を手のひらで覆われた。

「っ……!」

 アリアが声にならない驚嘆を示すと、サディアスの片手がさらに下降した。

「こっちは……?」

 ドレスの上から脚の付け根をそっとさすられる。

「だ、だめですっ……!」

 そこが熱を持っていることを知られたくなくてすぐにそう言うと、サディアスは一瞬だけだが不満そうに唇を引き結んだ。

「……アリア」

 すがるようにぎゅうっと抱きしめられる。
 アリアは彼の背に腕をまわして、やんわりと抱きしめ返した。
 背中に違和感を覚えた。なにかがモソモソと動いている。振り返ってうしろを見やれば、サディアスの両手が背の編み上げ紐を解いているところだった。

「あ、あの……」
「うん?」
「なぜ、私に……その、さわりたいのですか?」

 サディアスの肩がピクッと弾んだ。編み上げ紐を解く手が止まる。アリアの肩に頬をくっつけて、顔が見えないようにして彼は言う。

「愛しいから」

 とてもとても小さな声。
 もしもぼうっとしていたら、聞き逃していたかもしれない。
 しかしいまはなにもかもが過敏だ。五感のすべてが、サディアスに向けて研ぎ澄まされている。
 耳は彼の小さな声を聞き、瞳は彼の赤くなった頬を捉え、鼻は彼のほのかに甘い匂いを嗅ぎ、両手は彼の温かな体を感じる。

「ふっ……!」

 唇を塞がれた。深いくちづけにより、舌は彼の熱をまざまざと知る。
 口腔で暴れまわる舌に気を取られているあいだにドレスはすっかり乱れて、コルセットと一緒くたにずり下がり、上半身を隠すものはシュミーズだけになっていた。

「んっ、んん」

 最後の砦であるシュミーズの胸もとを押さえたのは反射だ。嫌だとか、不快だとかそういうことではなく、ただただそこを見られるのが恥ずかしい。
 サディアスは大きく息を吐きながら唇を離し、懇願するように「アリア」と呼びかけて彼女の両手首をつかんだ。
 強い力でそうされているわけではないのに、熱い手で触れられるととたんに力が入らなくなって、胸の守りが崩れる。
 シュミーズの肩紐が下へ落ちていく。乳房が、彼の目にさらされる。
 サディアスの視線が胸に集中している。うっとりとしたようすでそこを見つめている。
 アリアは彼の視線の先にあるものを隠したくなった。しかしそうはさせまいとしているのかサディアスに両手をつかまれていた。

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