舞踏会当日。
クリスタルモチーフのドレスは身に着けているだけで人目を引く。
「ねえ……両手と両足が同時に前へ出ていない?」
城のダンス・ホールに入る直前だった。バーサに指摘され、アリアは「うぇっ!?」と奇怪な声を上げる。
「なあに、そのおかしな声。アリア、あなた緊張しすぎよ。そんなことで殿下と踊れるの?」
「で、殿下と踊るかどうか……まだ、わからないわ」
ふだん彼はホールの高いところにいて、だれとも踊らない。
(サディアス様と踊りたい気持ちはあるけれど)
バーサが『まさしく王族の証』と豪語するドレスを着ているのだ。周囲にこのドレスのことを尋ねられ、注目を浴びるのは目に見えている。うまく立ち振る舞えるだろうかといまから心配だ。
「正直に言えばいいのよ。サディアス殿下から贈られたものです、って」
「そ、そうだけれど……! 殿下とどういう関係なのか、絶対に訊かれるじゃない」
「そのときは、愛を誓い合って肌を晒した仲ですって答えるの」
「バッ、バーサ!」
アリアは顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かす。バーサはというと、「あら、いけない」というように片手で口を押さえた。
「ごめんなさい、少し口が過ぎたわ。さ、行きましょう。いつも通りにしていればいいのよ」
「ええ……」
アリアは深呼吸をして背筋を正す。
このドレスに恥じない毅然とした振る舞いを心掛け、公爵令嬢として一貫してきた態度を貫けばよいのだと自分に言い聞かせた。
ホールへの大扉が開き、シャンデリアのまばゆい光が瞳に映る。
アリアはそのまばゆさに目をつむることなく、微笑みをたたえて颯爽とダンス・ホールへ入った。
ホール内がざわついたのは、アリアが現れたからかあるいは段上のサディアスが立ち上がったからか。
アリアはすぐにサディアスの姿を見つけた。彼はアリアが身に纏っているドレスと似たデザインのタキシードを着ていた。白地には金と銀の糸、そして淡いブルーの糸で形作られた繊細なクリスタルが美しく広がっている。
サディアスは階段を下って真っすぐにこちらへやってくる。
歩み寄ってよいものかと迷ったが、かたわらにいたバーサが「行くのよ」と小さな声で背中を押してくれたので、前へ進むことができた。
一歩、二歩と前へ出て、ホールの中央――煌々と輝くシャンデリアの真下でアリアとサディアスは向かい合う。
タイミングを図っていたかのように楽団がワルツを奏ではじめた。
ごく自然な流れで、ふたりは踊りだす。
ワルツが、これほど耳に心地よいのははじめてだ。意識せずとも足はひとりでにステップを踏む。
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クリスタルモチーフのドレスは身に着けているだけで人目を引く。
「ねえ……両手と両足が同時に前へ出ていない?」
城のダンス・ホールに入る直前だった。バーサに指摘され、アリアは「うぇっ!?」と奇怪な声を上げる。
「なあに、そのおかしな声。アリア、あなた緊張しすぎよ。そんなことで殿下と踊れるの?」
「で、殿下と踊るかどうか……まだ、わからないわ」
ふだん彼はホールの高いところにいて、だれとも踊らない。
(サディアス様と踊りたい気持ちはあるけれど)
バーサが『まさしく王族の証』と豪語するドレスを着ているのだ。周囲にこのドレスのことを尋ねられ、注目を浴びるのは目に見えている。うまく立ち振る舞えるだろうかといまから心配だ。
「正直に言えばいいのよ。サディアス殿下から贈られたものです、って」
「そ、そうだけれど……! 殿下とどういう関係なのか、絶対に訊かれるじゃない」
「そのときは、愛を誓い合って肌を晒した仲ですって答えるの」
「バッ、バーサ!」
アリアは顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かす。バーサはというと、「あら、いけない」というように片手で口を押さえた。
「ごめんなさい、少し口が過ぎたわ。さ、行きましょう。いつも通りにしていればいいのよ」
「ええ……」
アリアは深呼吸をして背筋を正す。
このドレスに恥じない毅然とした振る舞いを心掛け、公爵令嬢として一貫してきた態度を貫けばよいのだと自分に言い聞かせた。
ホールへの大扉が開き、シャンデリアのまばゆい光が瞳に映る。
アリアはそのまばゆさに目をつむることなく、微笑みをたたえて颯爽とダンス・ホールへ入った。
ホール内がざわついたのは、アリアが現れたからかあるいは段上のサディアスが立ち上がったからか。
アリアはすぐにサディアスの姿を見つけた。彼はアリアが身に纏っているドレスと似たデザインのタキシードを着ていた。白地には金と銀の糸、そして淡いブルーの糸で形作られた繊細なクリスタルが美しく広がっている。
サディアスは階段を下って真っすぐにこちらへやってくる。
歩み寄ってよいものかと迷ったが、かたわらにいたバーサが「行くのよ」と小さな声で背中を押してくれたので、前へ進むことができた。
一歩、二歩と前へ出て、ホールの中央――煌々と輝くシャンデリアの真下でアリアとサディアスは向かい合う。
タイミングを図っていたかのように楽団がワルツを奏ではじめた。
ごく自然な流れで、ふたりは踊りだす。
ワルツが、これほど耳に心地よいのははじめてだ。意識せずとも足はひとりでにステップを踏む。