「でもね、アリア。殿下のことを狙っている女性はたくさんいると思うの。アリアは殿下とどうなりたいの?」
向かいのソファに座るバーサに見つめられる。
サディアスのことを頭のなかに思い描くと、心臓の脈動が強くなった。そういうふうに感じた。
「サディアス様のことが好き。できるなら、結婚したい」
バーサはわざとらしく「ええっ?」と訊き返す。
「できるなら、で……いいの?」
彼女はときおり痛いところを――核心を突いてくる。
「……ううん」
アリアは静かに首を横に振った。
「私が、サディアス様と結婚したい。彼の隣にほかのだれかがいるなんて……耐えられない!」
想いがあふれてきて、瞳を潤ませる。
「ふふっ、やっぱりそうなのね」
バーサはアリアの本音を引き出せたことが嬉しかったのか、満面の笑みになった。
「応援してるわ、アリア。王太子妃になっても、友達でいてね?」
「私のほうこそ! これから、どうなっても……友達でいて欲しい」
「もちろん」
ふたりは手を取り合い、永遠の友情を誓う。
サディアスとパトリックがメディエッサ国に発った一週間後。
アリアはリトルフ侯爵邸の家令から、ふたりが無事に帰国したことを聞いた。
道中は嵐に遭うこともなく安全だったという。アリアは心から安堵した。
(サディアス様もお兄様もきっと、執務が溜まっていらっしゃるわよね。それに、疲労も)
リトルフ侯爵邸に身を寄せていることを手紙で報せたものの、彼らはすぐにはここを訪れないだろうと思った。
ところが、そう思った直後にアリアは侯爵邸のメイドから彼らの来訪を告げられる。
アリアは慌てて、バーサとともに侯爵邸のエントランスへ向かった。
エントランスホールの中央で、ふたりの姿を見つける。
「アリア!」
サディアスが大声で名を呼ぶものだから、アリアは驚いて棒立ちになった。自邸以外の――バーサや侯爵邸のメイドや家令がいるなかで――そんなふうに名前を呼ばれたことがなかったからだ。
サディアスはアリアのことしか見えていない。彼女に駆け寄り、ぎゅっときつく抱きしめる。
「で、殿下……?」
人前なので「サディアス様」とは呼ばなかった。すると不満そうにサディアスは唇を尖らせ、「いつものように名で呼べ」とせがんでくる。
「サディアス様……長旅でお疲れになっているでしょう? ご足労いただき、本当にありがとうございます。こんなに早く……会いに来ていただいて」
「疲れてなどいない。一刻も早くきみに会いたかった。きみからの手紙を見て、よけいにそうだった……。レヴィン伯爵になにもされなかったか?」
アリアは「はい、なにも」と答えながらうなずく。
「そうか……よかった」
両頬に感じる大きな手のひらの温もりをずいぶんと久しく感じる。意思とは無関係に瞳が潤んでくる――。